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ゲッチンゲン
2009-07-21, 22:26 by maruyama

 ゲッチンゲンの名前は「流体力学」の世界でズット以前から知っていました。
 
 列車でフランクフルトからリュウネブルクに行くようになって、丁度真中辺りの場所なのも知ってましたが、工業の町かなーとの認識でしたから、何時か何時かと思いつつ、先送りでした。
 ザーゲさんの旅行記から「菩提樹の泉」は是非見たいと思い、今度の旅の一つの柱でした。
 7月10日金曜日の午後二時半に着いた時は小雨模様です。
 晴れていたらホテルまでは歩いて移動したいと思っていましたが、仕方なくタクシーでした。
 運転手にコピーを示すと「古いけれど街の中心地の好いホテルだ」との事で。
 フロントには中年の女性がキーの棚の前に座っているだけのプチホテルです。
 今回の旅の最後の夜だったのに、一番小さなホテルにしちゃったなーと実感。
 二階の部屋のキーを渡されたので、最上階の見晴らしの良い部屋を欲しいと言いましたら、リフトは無いというので、仕方なく二階にしました。
 ただ道路側が良いか、中庭側が良いかと聞かれ、フロントから小奇麗な庭が見えましたので、中庭側にしました。
 荷物を抱えながら狭い階段を登り、部屋の窓を開けました。
 フロントから見えた庭は、それだけの幅のもので、部屋からは少ししか見えず、隣の屋根上越しに教会の塔が見えるうら寂しい景色です。
 今更荷物を持ってフロントに戻り、道路側に替えて貰うのも面倒だし、最後の夜は早く眠れば良いと諦めました。
 フロントで傘を借り、ラートハウスまでの距離を聞きました。
 表に出て右に二回曲がった先で、歩いて3分との事でした。
 直ぐ見付かりましたので、「ガチョウ姫の噴水像」をカメラに納め、人通りの多い商店街を抜け、古い教会を目指して歩き出しました。
 ラトハウスの裏手に「東京」と書いた看板が見えます。寿司屋です。
 今回の最後の晩餐は寿司に限ると、開店時間5時半を確認し、ラーツケラーを目指しました。コーヒーだけは此処で飲もうと入りましたら、お客は一人も居ません。好きな所へ座ってよいとの事で全体を見渡せる真中の席にし、何枚も写真を撮りました。
 会計を済ませて地上に出ると、若い男女のパレードです。
 結婚式かなーーと思いながらカメラを取り出しました。
 先頭の「乳母車?」に花束を持って乗っているのは20代の女性です。
 花婿さんが出迎えているのかと、乳母車の停止した先を見ましたが誰も居ません。その先は先程の「ガチョウ姫の像」です。
 彼女は大勢の拍手の中、1メートル以上の高さの噴水塔によじ登ります。
 その時私はガイドブックの記事を思い出しました。
 、、ゲッチンゲン大学はノーベル賞受賞者を30名以上出している事、、学生が博士号を取得したとき「ガチョウ姫」にキッスする事が慣例だと、。
 その貴重な場面に居合わせたんだと嬉しくなり、パチパチ撮りました。
 彼女もこれから半世紀先にノーベル賞を受賞するのかなーーと思いながら、、。

 雨の中、中心市街地の建物を写しながら、5時半を過ぎているので、お寿司屋さんに行きました。
 既にドイツ人?のお客さんが三組居て、白人のウエイトレスと、カウンター越しの「ドテラ姿」のオーナー?が見えます。
 アレ!?と思いましたので、つかつかとカウンターに進み「日本人ですか?」と当然日本語で問いかけました。
 親父さんは怪訝な顔をして、若いウエイトレスに聞いてくれという態度です。
 これは日本人の経営では無いと判断し、店を飛び出して、ラーツケラーを目指しました。
 
 この日7月10日の金曜日は、大学の卒業式や、何かの行事のある日なのか、6時だと言うのにほぼ満席です。
 かって市会議員たちがカンカンガクガクした席はどの辺りだろうか思いながら、隅の席で一人淋しく「最後の晩餐」でした。
 メニュウは好物の「カルトフェルずっぺ」と「ジャガイモと野菜の油いため」です。
 部屋に戻り、荷物の整理も手早に済ませ、G8では一番端っこに立っている麻生首相のニュースを一寸見て、9時前には寝てしまいました。

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ハン・ミュンデン
2009-07-21, 22:15 by maruyama

 ハン・ミュンデンの思い出

 帰国の日は、ゲッチンゲンの駅に荷物を預け、ハンミュンデンを見て戻る積りでした。
 手元のガイドブックのゲッチンゲンの前のページはハンミュンデンで、其処に「574戸の木組みの家が立ち並ぶ、絵のように美しい町」とあるのですから、これを見逃す手はありません。
 帰りはカッセルに出て乗り換える方法もありますが、Bad Sooden,,,で懲りましたので、荷物を引きながらの移動はやめ、時間的な余裕を見て、戻ることにしたのです。フランクフルト空港への直行にも便利のようでしたから。
 列車が「増結車両」で入線しました。
 1stを探して歩きましたが、各駅停車の便の為2ndのみです。
 手近な車両に乗り込みました。
 、、気がついたら、、四番目の停車駅が、昨日来たBad Zooden,,になっていたんです。
 手前のEicyenbergで隣の増結車両に乗り換えるべきだったのが、私の知識では足りなかった失敗です。
 次のEschwege Westで降り、ゲッチンゲン行きに乗り換えました。
 心細くなり、近くにいた美人に「英語は出来るか?」と聞きましたら、「Yes!!」との答えです。
 鉄道地図を見せ Han Munden に行きたいのだが、これで良いのか?聞きました。
 彼女は、自分もその先へ行くので案内します、との嬉しい答えです。
 安心したのと、、好奇心もあり、一緒に写真を撮りたいと言いましたら、気楽にオーケーしてくれました。
 日本人だといったら、日本人と初めて話をしたと言うのです。
 何をしているんですか?と聞きましたら、ハイデルベルク大学の学生で20歳だと言うのです。
 、、フランクフルトの近くのあの美しい町の、、大きなワインの樽のあるお城の街の、、?と、知っている!三度行った事がある、、城まで歩いたが疲れたこと、、など、精一杯話しました。
 彼女は笑って、その通りだというのです。
 写真は後日送るからと、メールアドレスを書いて貰いました。
 彼女のあとについて、Eichenbergの乗り換えるホームで待っていました。
 アナウンスがあった様で、反対側に列車は来ると彼女が言うのです。
 彼女の言う通りに従い、間もなく来た列車に乗り、二つ目のHan Mundenで降りました。
 彼女は笑顔で送り出してくれました。
 彼女が居なかったら、、ホームが変わったのも知らず?ボーっとしていたかも、です??
 地獄で仏とはこんなことかナーと思った次第。

 Han Munden の町は、コンパクトで、、観光客も多く、石の橋も美しく、行って良かった、、、楽しい思い出でとなりました。

 
 

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マクデブルク
2009-07-21, 22:03 by maruyama

 ドレスデンからベルリンへ移動する7月4日、マクデブルクで途中下車しました。予定時間は二時間です。
 手元のガイドブックにはマクデブルクが出ていません。
 駅の構内のロッカーに鞄を入れました。4EUROです。
 停車直前の車窓の右手に二本の尖塔を持つ教会が二箇所見えてきましたので、その方向に行こうと見当つけました。
 歩き出して500メートル位先の古い貫禄のある教会を見学し、先の高い尖塔の教会を目指し、広い通りを横切りましたら、アット驚く建物が目に飛び込んできました。
 これぞザーゲさんの、ガウディ?の建物だなと思い、急いでカメラに納めました。
 内庭は子供が喜ぶお土産が多く、日本にもこんな所があれば人気だろうと思いました。
 屋上までは入場料が掛かりました。
 リフトは上り専用で、帰りは歩きです。
 屋上には芝や木が植えられていて、建物のデザインもさることながら、エコにも配慮し、楽しい建物でした。
 一度この中のホテルに泊ってみたい気分でした。
 観光客が多くて皆カメラに納めています。
 カメラは殆んど例外なく日本製です。
 古い町の中に、こんな奇抜な建物!。
 リュウネブルクの近くのエルツェン駅もこの設計とソックリです。
 一廻りしてカフェテラスでお茶し、近くのマクデブルク大聖堂に移動しました。
 奥に中庭があります。
 こういう修道院風の中庭には興味があります。
 初めて見た、イギリスのストーンヘンジを見に行った時の、降りた駅の近くのソールズべり大聖堂の中庭を思い出しました。
 中世の気分になり暫し眺めていました。
 こういう雰囲気の場所は本当に心が休まります。

 駅へ戻る路中で、スマートな5〜6階建てのアパートを見て、and i and you さんは、この辺りに住んでおられたのかナーと、ふと思いました。

 ベルリンに向う車窓からは、何処までも平野が広がります。
 林の中の平屋の住宅。
 行けども行けども麦畑、ロールの麦わら?菩提樹、白樺らしき林。
 ドイツは住宅の太陽熱利用が進んでいる国と聞いていましたが、全く見当たりません。
 農地にビニール栽培の畑もありません。
 マクデブルクの駅で買った「平べったいモモ」は初めての形でしたが、手頃なサイズで大変美味でした。この種を日本で蒔いたら面白いと思いました。

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Hardy-Gurdy と Water-Harp
2009-07-21, 18:17 by maruyama

 ベルリンの街頭で見た珍しい楽器

 今度の旅の目的の一つが、ベルリンのペルガモン博物館を見ることでしたから、ホテルを歩いて行ける場所で選びました。
 ベルリンの駅からタクシーで行ったんですが、運転手の態度の悪い事、日本人並み(?)でした。
 ホテルの名前を言ったら、普通はトランクに荷物を入れてくれるんですが、トランクを開けただけで、勝手に自分で入れろという態度です。

 ホテルは中央駅から直線で500メートル、「博物館島」には歩いて7分の場所でした。タクシーの運転手の気持ちも解かります。

 博物館島の歩道は露天商のマーケットで賑わっていました。
 骨董品の店で、古いアイロンを手にとって見ている夫婦がいます。
 形が良く小ぶりです。人の欲しがっているのを見ると、こちらも欲しい気分になるから不思議です。
 暫らく直ぐ後ろで様子を見ていましたが、中々結論を出しません。、、帰りに見ましたら元の位置にありましたが、手にとって見たら結構重く、諦めました。

 妙なる調べが流れてきました。
 見たことも無い楽器です。
 ヴァイオリンの原型かなー?シルクロードの辺りの楽器かなーと興味があり、眺めていました。
 廻りに日本人は居ませんから、思い切って何と言う名前の楽器かと聞きました。手持ちの紙に書いて貰いました。
 Hardy-Gurdy とあります。
 カメラに納め、大きなコインを入れて立ち去りました。

 翌日もペルガモン博物館に行きました。前日、三日間有効の入場券を買ったんです。ーーもう一度トルコに行きたくなりました。博物館は立派な内容ですが、矢張り現場の規模の迫力はありません。そんな実感でした。

 博物館を出て右手に進み、ドイツ博物館とフンボルト大学を通り、ブランデンブルク門を見ることにしました。

 道端に、これも創めて見る楽器を演奏している人が居ます。大小のガラスのコップに水を入れ、掌で撫で回して音を出しているのです。
 美しい音色です。鮮やかな手さばきです。

 暫し佇み、楽の音に聞き入っていました。
 一区切りしましたので、楽器の名前を聞きました。
 Water-Harp 単純そのものです。
 矢張りシャッターを何度も切り、コインを入れて立ち去りました。
 
 今回の旅では、特にドレスデンでは、何組かの学士たちに「応援」をしました。

 帰り道、森鴎外博物館の前を通りました。
 残念ながら休館日でした。
 少し回り道をしましたら、ホテルの近くに「アパートホテル」と書かれた看板が目に付きました。
 立地もよく、小奇麗な事から、6日以上の滞在なら、こういう所が良いなーと、パンフレットを貰ってきましたが、果たして実現できる可能性は少ないでしょう、?
 
 お隣のイタリヤ料理のテラスが気に入りました。今夜の食事は此処と決めました。

 直ぐ前の公園に急ぐ人に姿が目に付きました。見ると其処は「ベルリン劇場」です。
 この日は暑かったので、半袖でしたから、大慌てでホテルに戻り、上着着用で入場券を買い求めました。
 言葉が一寸通じません。8ユーロの安い席で良いと言うのですが、、。
 此方は天井桟敷でよく、五分も見れば良いのです。
 Only looking なんて言っているわけですから、、通じないのが当たり前でしょう??

 8ユーロの切符を手に入れ、案内されたのは殺風景な「小劇場」でした。
 200人の席は満員で、若い人が多いのです。
 残念ながら「言葉」の壁もあり、面白くもありません??
 いつ出ようかとジリジリしていましたら、直ぐ後ろの人が出てゆきました。これ幸いと、出て行きました。
 切符売り場で「大劇場」を見たい、、と言ったんですが、、通じません。この切符は此処だとまた小劇場を案内されたんです。今まで見ていたんだから、、大劇場の内部を見たいんだと本人は一生懸命ですが、、埒があきません。

 表に出ると、、まだ陽は明るく、、風は温かく、テラスでの夕食は、良い思い出でした。
 
 
 
 
 

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ノーフォークの絵
2007-09-03, 08:01 by maruyama

 たまたま今日テレビで、英国の元皇太子妃のダイアナさんのことが放映されました。
 不慮の事故から10年経ったそうで、。
ダイアナ元皇太子妃はノーフォークの貴族の出だったんですね。
 緑の多い広い敷地にたつ古城のような御館が写っていましたが、13年前の12月、私はノーリッジの取引先の招待で、ノーフォークのブレークニーの湿地帯に面した一軒屋の小さな古いホテルに2泊しました。
 ノーリッジからは車で2時間ほどでしたが、送り迎えしてもらった車窓からの風景は緩やかな起伏の森と牧場・農場でしたが、何時の日か自分で運転してもう一度訪問したいと思ったまま、実現していません。
 その頃は運転免許を持っていませんでしたが、、イギリスの右ハンドルは日本と同じと知り、何時か運転しようと思いはじめました。
其の時にあの辺りの村々を一人で歩いて回りましたが、土の壁に黒曜石の断面が30センチに一個位の割合で嵌め込まれ、奇異に感じました。
 あとでお願いして、あの辺りの石を100キロほど送って貰いました。今、家の隅に転がってます。当時地ビール用の水の浄化に使おうと考えました。。
 税関からは、何にするものだと聞かれましたが、単なる趣味だ、と答えました。
今にして思えば、あの辺りの人達の暮らしの中に、黒曜石の断面が光を反射して、一種の「魔よけ」の意味で壁に埋め込んだ物かと想像しています。
 今の私の英語力では、全く理解できません。日本人は一人も見ませんでした。
其の時泊まったホテルの風景が描かれた絵を、記念に頂き、今も我が家の壁に飾っています。
 裏には「「94年12月15日」と書かれています。13年前です。外形50cm×30cm。贈ってくれた「バーデット氏」の名前が有ります。
 その辺りの湿地帯は英国人が大事にする環境であり、日本の尾瀬のような処です。
 皆でお金を出し合って買い、保存に力を入れている「ナショナルトラスト」の看板が有りました。
ノーリッジは有名な「カラシ」のメーカーの本社のあるところです。丘の上に大きな教会がありました。
 古い町並みの骨董品の店に幅2m.高さ2m.ほどのパイプオルガンがあり、弾けもしないのに欲しくなり、値段を聞いて600万円と解り、ギャフンとしました。
 100万円なら買ったと思います??
ノーリッジは有名なネルソン将軍の生れた地です。?
 駅の近くに「ネルソン」と名乗るホテルがありました。
 其処にも2泊ほどしましたが、あの辺りの運河をボー
トで移動して歩く趣味の人達の溜り場でもあるようです。
 このホテルにも、もう一度泊まりたい。
 5月半ばの新緑の頃か、10月始めの紅葉の頃が、、
暑くも寒くもなくて良い時期です。
 町の中のお城も雄大でした。
 ボート(と言っても長さが15m.位ある、細長い「動く別荘」です)は、日本には無いイギリス人の趣味の世界です。
ロンドンの北東の田舎を、のんびりとドライブする夢が、何時叶うものか、見当が付きませんが、何時の日にかと願っています。
 ダイアナさんが幼年時代に過したノーフォークの田園風景は、私の胸に新しい希望を灯しました。私には未だ遣り残した事が在る、と。
 2007−09−02

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